道路が移動するためだけでなく、我々にとって住む場所だと考えたとき、道路にとってファサードは内側の壁になり、看板はその壁に飾られた絵とみなされる。そんなだれのものでもない空いた場所が中心となる建築の作り方があっていいと患うのだが…。

 

東京港にできた空き地はこれからの街のあり方を問うにふさわしい。どう都市をつくっていけるのか、建染家の白紙に向かう姿が問われている。これまで通りすべてのプロデュースが終わった段階で桧を描いて建築博物館のような街ができるのだけは避けたい。住む人が、訪れる人が徘徊できる街をつくりたい。

 

 人々が政治の将来に信頼を失っている今日、それを回復する唯一の方法が残されているとすれば、臨海副郡心に、ここは東京ではないといわれるような街をつくることによって、夢を現実化できるのではないか。

 

 

 

 

01

02